SOLIZE株式会社

SpectA

労災事故ゼロへのたゆまぬ挑戦
人とAIの協調による持続的な安全管理業務の高度化
~過去災害情報から予定作業に関連する危険有害要因と対策指示をAIが推奨~

建設
前田建設工業株式会社

労災事故ゼロへのたゆまぬ挑戦、人とAIの協調による持続的な安全管理業務の高度化

優れた建造物・建設サービスは、不断の安全管理変革が基礎

前田建設工業株式会社の100年にわたる歴史は山岳土木から始まり、日本一の高層マンション、東洋一のダム、世界一の海底トンネルなど、創業時から脈々と受け継がれた強みであるチャレンジ精神に溢れています。時代の転換期にある今、同社は事業環境の変化に率先して対応していく新たな挑戦として、「総合インフラサービス企業」への事業変革を推進しています(https://www.infroneer.com/pdf/ir/INFRONEERVision_2030.pdf)。

この事業方針のもと、お客さま満足度の追求に向けた優れた建造物・建設サービスの最も基礎となる「安全管理」に関するさらなる変革は、重要性を増しています。

同社は作業所の安全管理業務において、日々のKY(危険予知)活動やヒヤリハット活動などを通じて労働災害防止や現場改善に努めています。昨今、労働安全衛生や健康経営の観点でこれらの重要性がますます増しているだけではなく、少子高齢化や技術の担い手不足などを背景に海外からの雇用が進む中、工事関係者の業務効率化や技術伝承はもちろん、円滑な意思疎通も含めた新しい課題が発生しています。

そこで、これらの課題解決に強い信念を持った同社土木事業部の若手変革リーダーに、熟練エンジニア、安全管理責任者、現場所長、協力会社の意志を持ったベテラン勢が呼応し、組織横断的なスクラム体制での変革タスクフォース・プロジェクトが自発的に始動しました。土木事業の現場に関わるすべての人を危険から守るため、安全管理の「危険予知の高度化」と「効率化」を両立する変革への挑戦が始まりました。

熟練の所長・職長による意志と暗黙知が中心の安全管理業務

建設業界では一般的に、KY活動やヒヤリハット活動などを中心に安全管理を実施しており、程度の差こそあれ、業界共通となる3つの課題を抱えています。

  1. 【施工前段階】リスクアセスメント:リスクの洗い出しが十分ではない、またはリスク評価がバラつく
    個人の経験差により、リスクを洗い出しきれず、またリスク評価にもバラつきがある。経験差を補うために、自社の危険有害要因対策集や、災害再発防止対策等の関連情報を検索するものの適切な情報が見つからず、また、それに時間をかけられず、形骸化する。
  2. 【施工段階】日々の危険予知:安全指示の具体性や関連度が低く、作業員が自分ごと化できない
    指示する側は、安全ミーティングやKY活動を実施するが、職員・職長の経験値から脱せない安全指示に留まる。日々変わる状況(作業内容・作業員・天候等)に合わせた作業指示をすべきだが、経験と知識が伴わない。一方、指示を受ける作業員は安全指示を自分ごと化できず、危険感受性不足から危険作業を行ってしまう。
  3. 【事故発生段階】抜本対策の立案と浸透:再発防止策が暫定対応になりがちで、恒久対策の具体化や横展開が定着しない
    再発防止への抜本対策や周知徹底に不備があったとしても、事故さえ起きなければそれらの問題は表出化せず、重大事故発生の温床となる。事故や抜本対策の情報を横断的・啓発的・効率的に活用できていない。

結果として建設業界各社では、危険予知や安全指示の精度が、熟練の所長や職長の意志や暗黙知に依存せざるを得ず、また、協力会社ごとの安全意識の醸成も含めて、対策のバラつきや非効率、類似災害の再発へのリスクとなっています。

Fig.1 建設業の施工現場における安全管理課題と負のループ

個人の経験を組織の知恵に。安全対策情報をAIでフル活用

同社では業務課題に対処するため、先駆的な独自開発の「TPMm(ティピィエムモバイル)※1」と総称されるタブレット端末やスマートフォンを活用した安全管理・施工管理システムを運用しながら、全国作業所で協力会社と密に連携して効率的な業務を進めています。TPMmで過去の安全管理や労働災害・対策データを活用し、効果を出している中、より安全対策に特化した情報の蓄積や、探索時間・抽出精度・見せ方の改善など、安全管理のさらなる高度化に向けたポテンシャルを秘めていました。

これらの状況を踏まえ同社の変革推進チームは、「熟練者の暗黙的観点」と「実績データ」を、AIを用いて掛け合わせ、危険予知や安全指示を高効率に支援する対策を開始しました。全員が現場出身という強みを持つ変革推進チームは、業務変革に向けた新たな視点で現場に寄り添いながら、作業所の業務内容や作業量の全貌把握、安全管理業務の位置づけや関係性、実態を可視化しました。そのうえで、課題、対策、どのような時に/どのような情報が/どのように蓄積され/どのように活用するべきかについて、熟練の所長や職長・作業員と徹底的に議論を重ねながら、安全管理のさらなる高度化に向けたあるべき姿を描いていきました。

目指す業務の実現を常に念頭に置き、「業務プロセスや運用ルールの改善」「ナレッジ整備」「教育改善」などの従来対策の強化と、「最適なAI技術」を組み合わせる両輪のアプローチにより、網羅的かつピンポイントに課題に対処する、本質的なデジタル変革を推進していきました。そのうえで、解明した現場発の情報活用要件をもとに、コアとなる自然言語処理AIソリューションとして「SpectA KY-Tool™※2」をSOLIZEと共同開発※3しました。TPMmに蓄積された過去の労働災害・対策データや関連情報、さらに一般公開されている安全対策情報※4などを学習させました。

SpectA KY-Toolにより、作業予定内容に対して関連度が高い適切な危険有害要因と対策の選定を、熟練の暗黙知や経験によらず、誰もが高効率に実施できるようになりました。ユーザーが現場の予定作業内容を入力するだけで、特化型AIが追加検討すべき優先条件を推奨し、情報抽出を支援しながら、関連度の高い順に「労働災害事例」と「予想される危険・安全指示」が表示されます。AIが推奨する情報は、起こりうる労働災害と対処方法の要約に、イラストも併せて提示することで、現場の危険有害要因を誰にでもわかりやすく情報共有され、一人ひとりの安全意識を向上しながら対策行動を促します。また、「条件確認から情報探索、確認、判断、条件調整・・・の流れ」や「傾向把握から詳細把握、判断・・・の流れ」は、熟練の所長や職長が暗黙的に実施している高度な情報探索自体をAIやユーザーインターフェースで再現・進化させていることもあり、現場の最前線で活躍している若手への教育コンテンツとしても活用しています。

このように、熟練観点とデータドリブンを融合することで、危険予知精度と効率を向上させ、バラつきを抑え、組織の安全管理水準を底上げし、類似労働災害の再発防止に貢献します。変革推進チームは、現場業務を中心として、人とAIが協調して高度な問題を解決し続ける実践的な仕組みを念頭に構築を進めました。

Fig.2 暗黙知とAI技術の融合による業務変革、危険予知や安全指示を人によらず高効率に支援

  • ※1 TPMm参考:https://www.maeda.co.jp/tpms/tpmstpmm/
  • ※2 SpectA(スぺクタ)とは、「企業の競争力の源泉である人や組織の暗黙知」と「自然言語処理AI技術」を掛け合わせることで、熟練者が培ってきた経験やノウハウを組織知へと変換し、ダイナミックな知恵の活用を実現するSOLIZEのサービス・製品の総称。SpectA KY-Tool(スぺクタ ケーワイ ツール)とは、安全管理業務における情報活用課題への対策に特化したAIソリューション。建設業やプラントEPC、O&Mなどの製造現場において急速に導入が進んでいる。SOLIZEはSpectA KY-Toolを通じて、工事現場での安全意識向上と労働災害削減を実現し、日本の産業横断的な安全管理水準の底上げに貢献していく方針。
  • ※3 自然言語処理AIを活用した「危険予知システム」をSOLIZEと共同開発
  • ※4 一般公開されている安全管理情報:厚生労働省「職場の安全サイト」に掲載されている約2,000件を超える建設業に関連する情報を学習済み、随時更新学習中。熟練の所長・職長が、実際に活用していた情報から順次学習させた。

現場で実践、危機管理を自分ごと化して主体的な災害未然防止へ

変革推進チームは、TPMmのプラットフォームにSpectA KY-Toolを連動させた新しい仕組みを、全国の土木事業案件における約10%の作業所での実践適用を皮切りに展開しています。

業務変革は、方針や仕組みだけでは成功しません。現場の実態を正しく理解し、変革の意義/目的/目指す姿を自らの言葉で丁寧に伝え、現場の全員がいかに自分ごととして取り組めるようにできるかが、変革の成否をわける勝負どころです。ここでは、変革推進チームの熟練エンジニア・安全管理責任者・現場所長・協力会社メンバーが中心となり、若手変革リーダーを支える形で、現場との相互理解を円滑に進め、自らが率先して仕組みを活用しながらスピーディなスモールサクセスを着実に積み上げていきました。

現場の変革意志×TPMm×SpectA KY-Toolが三位一体となった結果、安全管理における「危険予知の高度化(工事の内容や状況に関連度の高い蓄積情報を、効率的かつ分かりやすく推奨)」や、モバイル端末による危険予知情報のフレキシブルな活用、そして施工管理に関連する情報連携まで、「効率化」へのシナジー効果が出始めています。また、具体的な成果の実証が、現場の安全意識の醸成につながり、変革推進チームが最も実現したかった「危機管理を自分ごと化した先の自発的な災害未然防止により、社員・協力会社の安全を守りたい」という強い想いの伝播が始まっています。

本変革活動が、同社が目指す「重大災害ゼロという大きな成果」に寄与していることはもちろん、安全管理を継続改善させていく業務基盤として、日々の情報を着実に蓄積しながら組織知の循環進化にもつながっています。

Fig.3 重大災害ゼロに寄与し続ける、安全管理を継続改善させていく業務プロセス基盤

「安全は会社の良心」、率先してさらなる変革に挑戦し続ける

同社は安全衛生方針・基本理念として「安全は会社の良心である」を掲げ、全社一体となり安全な職場と快適な作業環境を創出し続けています。本活動の成果を踏まえ変革推進チームは、本件仕組みを同社の全国すべての現場に展開していくことで、より多くの変革効果を実現する計画を着実に進めています。

また、同社グループ(前田建設工業株式会社・前田道路株式会社・株式会社前田製作所ほか)にも段階的に本仕組みを展開することで、それぞれの企業が蓄積している実績情報を横断的に最大限に活用するなど、グループ全体で安全管理水準を底上げしていくための戦略的なデータ・テコ入れ構想の実現も見据えています。

労働災害事故ゼロへ、一人の若手変革リーダーによる強い意志が仲間の意識を変え、業務を変え、成果を変え、組織の風土を変えていく。健全な危機感を持ち、若手とそれを支えるベテランが一体となった多くの自発的なチームが、変化に率先して対応し続ける原動力となり、「総合インフラサービス企業」への事業変革に向けたたゆまぬ挑戦を支えています。

Fig.4 グループ全体で安全管理水準を底上げし続けていく戦略的ステップのイメージ

土木事業本部 土木技術部
施工DX推進グループ
主任
濱島 彩織 様
(本活動のプロジェクトリーダー)

「内勤でのキャリアを経て配属された現場で、現場業務の忙しさと、忙しい中でもしっかりと安全対策を実施していくことの大変さや重要性を再認識しました。結果として労災事故が防止できているという状況においては、特にその仕組み自体の課題や対策の必要性を見過ごさないように注意しなくてはなりません。現場経験で培われた安全対策への一層の改善意識をもとに、本活動に取り組んできました。キーワードから類似災害を抽出する仕組みにおいて最初に構築したプロトタイプは、「文字ばかり・図面ばかりで使えない」との現場からの声でしたが、多くの方のサポートを受けながら真摯に応え続け、機能・表示・運用面での試行錯誤を繰り返してきました。今では、現場が本当にやりたいことを仕組みとして、「熟練の方によらず安全管理に関する高度な情報活用をシステムで支援する」という想いの実現に近づいています。新しい仕組みの立ち上げは、構築したあとはトップダウンで展開して現場任せ、ではうまくいきません。常に現場視点で現場に寄り添い、組織間の改善意識を丁寧に紡ぎながら、業務効率と安全を両立する成功事例を浸透させていきたいと思います」

土木事業本部 土木技術部
技師長
戸部 圭 様

「濱島さんの目の付け所や仕組みの実効性、そして何よりその想いに賛同してプロジェクトへの参画を決めました。自身としても、忙しい現場においては形骸化しやすい安全対策をより効率的で本質的な活動に変革していきたい、という考えを持っていました。参画したタイミングでは、プロトタイプができていた一方で「より現場視点でシンプルに、一目で危険因子と対策を誰もが理解しやすい情報として表現するにはどうするべきか」という難題に直面していました。そこで自身の現場経験をフル活用し、画像中心で要点がわかりやすいように、文字の大きさや色、要約、表現の仕方までを含め、仕組みの改善を支援しました。その甲斐もあり、現場の協力と賛同を得ながら成果と認知が広がりつつあります。安全性向上の定量的な評価は難しいですが、品質や生産性に直結する特に重要なテーマです。そのAIを活用した成功事例が、幅広い課題を解決していくきっかけになればとも考えています。若手が現場で疑問を持ったテーマを、自らの意思で、先進的なツールを活用してどんどん変革していけること、それを熟練者がしっかりと支えていけること、こうした文化を大切に、役割を果たしていきます」

施工支援部
安全統括マネージャー
園田 広樹 様
(労働安全コンサルタント)

「本仕組みのプロトタイプにおいて、リスクアセスメントとKY活動での蓄積情報の利活用が乱雑になりかけた時期がありました。それらの再検討へ、安全統括の視点でアドバイスを始めたことからプロジェクトに合流しました。繁忙な現場では、若手が自らの知見だけでは熟練者への適切な安全指示が難しいという声もあり、危険対策が不十分とならざるをえない実態も散見されていたので、本変革を実現したいという想いが強くなりました。また、安全パトロールで訪れた現場にて、桶所長が本仕組みを上手に活用してリスクアセスメントやKY活動を高度に運用している状況を目の当たりにして、その有効性を改めて実感しました。安全管理において重要なことは知識と意識の向上です。安全が数字で表現しづらい重要なテーマである中で、いかに意識変革につなげていけるかが大事です。知識面を本仕組みが支援することを通じ、個々人が自らの意識を変えてくきっかけになると考えています。今後、さらに多くの現場で成果を発揮していくためには、より多くの工種や工事規模への対応や使いやすさの向上、変革活動自体の伝道が必要です。若いリーダーを支え、着実に変革を推進していこうと思います」

所長
桶 様

「現場での労働災害をきっかけに一層強い安全意識を持ち、濱島さんと共に本活動を開始当初から推進しています。現場で協力会社の職長を交えて試行錯誤を重ねながら、重大災害に至るリスクのパターンやバリエーションの情報を拡充し、若手職員や外国人従業者の協力を仰ぎながら、イラストを主とした一目でわかりやすいシンプルな見せ方として情報活用の工夫を重ねてきました。業界一般的に毎日同じ情報の繰り返しで形骸化・マンネリ化しがちな危険予知やKY活動ですが、本仕組みが工事に関連度の高い新たな視点で労災リスクと対策をイメージにより理解を促すことで、自分ごととして考えさせることにつながっています。また、言葉以上にイメージでリスクと対策を共有しながら円滑な意思疎通を促し、互いの行動を変えていくことにも役立っています。本件のような変革活動は、本店からの方針や仕組みの押し付けでは、現場への浸透は難しいと思っています。濱島さんのようなリーダーシップで本店と現場が一緒になり推進していくことで、初めて本物の運用が立ち上がるはずです。次に担当する新たな現場においても、本店と協力会社と共に本仕組みを活用して、安全管理の変革を進めていきます」

※役職は本活動推進時のものです

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